Project Censored

Wednesday, March 17th, 2010

#11 エルサルバドルにおける水道局民営化と対テロ戦争

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in Top 25 Censored Stories for Project Censored in Japanese

出典:
NACLA-アップサイド・ダウン・ワールド 2007年8月24日
タイトル:“エルサルバドル:水道株式会社と抗議活動の犯罪化”
著者:ジェイソン・ウォラック

ザ・ネイション 2007年12月31日
タイトル:“GWOT:エルサルバドル”
著者:ウェス・エンジナ

ピース・ワーク 2007年9月
タイトル:“エルサルバドルの活動家、米国流弾圧の対象に”
著者:クリス・デーモン

インター・プレス・サービス 2007年8月19日
タイトル:“エルサルバドル:15年の平和と戦争再燃の危機”
著者:ラウル・グティエレス

学生調査班:フアナ・ソン、アンドレア・ロクテフェルド
学部評価者:ジェフリー・リーダー博士

 水道の供給システムの民営化に反対して2007年7月に起きたデモにおいて、エルサルバドルの警察は、住民と住民グループのリーダーを暴力によって制圧した。至近距離からのゴム弾と催涙ガスが、地域の水の値段の上昇と質の低下に対して抗議した市民に対して使用された。14名が逮捕され、米国の「愛国者法」をベースに作られた新法である「テロ対策法」の下では60年の刑の執行が可能である、「テロリズム」の容疑で起訴された。政治的表現や社会的抗議活動を刑事罰の対象とすることは、12年に及ぶ凄惨な内戦の後にエルサルバドルの人々が勝ち得た平和と人権に対する逼迫した危機であるにも関わらず、米国政府はエルサルバドル政府および2006年に施行された厳格な「テロ対策法」に対する支持を公式に表明している。
 エルサルバドルの市民は、水に関する戦いは権利であり、犯罪ではないとの立場を貫く。
 サンタ・エデュビゲスの小規模な住民グループによる水道サービスの民営化反対と、その国営水道局(ANDA)への移管要求の運動が直面している問題は、エルサルバドルの議会での右派政党議員による、賛否両論を呼んだ「一般水道法」の法案提出によって長引くことが予想される。
 この法律は、水道管理を国営から地方自治体レベルへの管理に移行させ、さらに地方自治体に水道管理についての「営業権付与」の契約を結ぶこと、つまり、民間企業に50年を上限として委託することを義務づけるものである。この法律は、同国の水道システムの民営化を危惧する住民グループおよび社会運動団体からの反発の引き金となった。
 エルサルバドルの水道局労働組合(SETA)は、民営化を正当化するために公営組織の信用失墜を謀ったとして政府を非難している。2005年にANDAの予算は15%削減され、過去最低水準に落ちたが、これは地方に居住する住民の40%が飲料水を入手できない同国においては非合理的な政策であると言える。
 SETAは同国内で1番目と2番目に大きい日刊紙に、「一般水道法」に反対する半面広告を掲載した。その広告を通じた彼らの主張は、「一般水道法」は“水道サービスを民営化し、何千人もの貧困層をのどの渇きに苦しめることになる”というものだった。
 SETAの組合員は、最近の電話通信と電気セクターの民営化がもたらした弊害を指摘する。数千人もの労働者が解雇され、多くは従来の収入の半分で政府の福利厚生なしの同じ仕事に再就職することを余儀なくされた。
 ラテン・アメリカにおける水道サービスの民営化の試みは悲惨な歴史を持つ。最悪の例は、ボリビアのコチャバンバにおいて世銀が行ったプロジェクトである。世銀は同国の最大の水道システムの民営化を条件としたローンの貸付を行った。コチャバンバの水道サービスが米国資本のベクテル社によって運営された結果、一般家庭の水道代は二倍に跳ね上がり、市民の抗議運動が発生した。その企業はボリビアを去る結果となり、水道サービスは公的管理下に戻されることになった。
 コチャバンバの経験から、世銀は「民営化」を諦め、代わりに「営業権」や「地方分権化」あるいは「民間セクター参画」を目指すようになった。しかし、どのような婉曲的表現を使用しようと、代金の高騰、質の低下、アクセスの減少という同じ結果をもたらすものと批判されている。
 国際的な人権団体の激しい抗議により、サンタ・エデュビゲスの活動家は1ヶ月近くの投獄の後に釈放された。しかし、取締りの手は緩むことなく、2007年8月にサカ大統領と彼が率いる極右政党である民族主義共和同盟(ARENA)は治安紊乱行為を軽犯罪から重犯罪に扱いを変更する刑法の改正を推し進めた。3週間後には看護師の労働組合のリーダー8名が医療サービスの民営化と医薬品の不足に抗議してストライキを行い、逮捕された。もし起訴されれば、8名はエルサルバドルの新しい「愛国者法」に基づいて最高で8年の実刑判決を受ける可能性がある。
 “テロ対策関連法の目的はテロの撲滅ではない。というのは、テロ活動は同国ではここ長らく起きていないからだ”と、エルサルバドル大学の経済学教授で活動家でもあるペドロ・エルナンデス氏は語る。同氏によれば、新法の目的は“社会運動を犯罪化し、市民団体のリーダーを収監すること”である。
 水道、医療、教育サービス、そして昨今では政府の政策に異議を唱える権利を獲得するために戦う活動家たちは十分な争いを体験してきているが、それでもなお戦うのは、その原因が政治であり、失業率であり、市民に対する政策であるからだとエルナンデス氏は説明する。同氏によれば“この国の社会状況は過去に武装闘争を引き起こした水準に戻ってしまっている”ということだ。
 米国政府によるこのような抑圧的政策への支持は、エルサルバドルがラテン・アメリカ諸国の中で現在もイラクに兵を駐留させている唯一の国であり、中米自由貿易協定に調印した最初の国となったことと時を同じくして表明された。米国の「愛国者法」の採用や、物議を醸している米国運営の国際法執行協会の誘致は、ラテン・アメリカ諸国で軍事的な新自由主義政権―当然のことながら頻繁にグローバルなテロに対する戦いと混同されるが―が勢力を増す中でサカ大統領に強力な親米政権としての地位を与えた。
 
ジェイコブ・ウィーラーによる追記

 20世紀後半には企業用地の接収、環境破壊、労働者の搾取、暗殺部隊とそれに対抗する暴動、不利益な貿易協定、民主化運動の妨害など、米国政府に起因する多大な破壊活動がエルサルバドルの人々に向けられた。しかし、エルサルバドルの明るい歴史の幕が2009年には開くかもしれない。12年の野蛮な内戦を終結させた1992年の平和条約締結以降初めて、先進的なファラブンド・マルティ民族解放戦線(FMLN)が全国投票で勝利しそうな勢いを見せている(議会選挙が2009年1月に、同年3月には大統領選挙が行われる予定である)。2008年春の終盤時点で、1980年の内戦勃発の引き金となったのと同様の有害な政策を掲げる右派政党で現与党のARENAに対してFMLNが優勢な状況にある。
 政権を握ることができれば、FMLNは医療、水道サービスの民営化を白紙に戻し、労働者の権利を復活させ、一部の大企業のみの利益を追求する貿易協定を修正する努力を行い、イラクから兵を撤退させることが見込まれている。そして、ヴェネズエラのチャベス大統領のような好戦的な政治スタイルではなく、ブラジルのルラ政権やエクアドルのコレア政権のような、ラテン・アメリカの中で堅実な一方で先鋭的な政権と同じ道を歩むことが期待される。FMLNの大統領であるマウリシオ・フネス氏は“米国政府は行き詰っている。過去の遺恨はあるが、G・W・ブッシュ大統領の後継者と協力していく準備がある”と明言している。
 このIn These Times上で、今回行われる予定のエルサルバドルの選挙に関連して2008年末から2009年初頭にかけて起きた出来事の一連の記事を執筆する予定である。その中で、ほとんど注目されることのなかった人々の声や、エルサルバドルの進歩的な社会運動の発展―反政府ゲリラ、草の根運動の発起人、あるいはサンサルバドルの政権を握ろうとする政治家―についての情報を発信し、米国の独立系あるいは主要なメディアがこの重要な選挙についての報道を行うよう働きかけたい。エルサルバドルの今後の動向についての記事は、http://www.InTheseTimes.comを参照のこと。

 ウェス・エンジナによる追記

 私の記事の発表以来、また、人権擁護団体による国際的な抗議もあいまって、抗議活動を行ったためにスチトトで逮捕された13人に対する起訴は取り下げられた。この事件を担当したアナ・ルシア・フエンテス・デパス判事(後にサンサルバドルにある米国運営の国際法執行協会でトレーニングを受けていたことが判明したのだが)は、証拠不十分との判断を下した。「テロ行為に対する特別法」の下では、抗議活動を行った者には最高80年の懲役が課される可能性がある。
 この建設的な判決にもかかわらず、スチトトの13人に関する出来事はハッピーエンドでは終わらなかった。5月3日に、彼らのうちの1人であった当時19歳のエクトル・アントニオ・ベンテュラ氏がビラ・ベルデの町で殺害されたのだ。彼は正体不明の加害者により頭部を殴打され、心臓を刺されて死亡した。
 この殺人事件は政治的な動機に基づくものだという疑いが強く、ベンテュラ事件の以前にもエルサルバドルでは多数の左翼活動家に対する暗殺事件が起きている。1月にはFMLN所属の市長であったウィルバー・フネス氏が殺害されている。しかも、ベンテュラ事件は彼が2008年7月2日にスチトトの市長によって計画されていた“刑事罰免責に反対する日”において自らの体験を証言することを承諾した2日後に発生した。“重要な対テロ関連事件で起訴された人物の一人という役割を考えると、彼の死は政治的動機が背景にある可能性が高い”と「エルサルバドルの市民連帯委員会(CISPES)」のメンバーが記述している。
 ベンテュラ氏の死について、エルサルバドルの人権団体のメンバーらは全面的な捜査を求めているが政府の態度は協力的ではない。同国内で起きる政治的犯罪は捜査が行われないことが多々あり、ARENAがスチトトの13人等の左翼活動家を起訴することで刑事罰免責の風潮を生み出す一方で、政治的暴力を看過していることへの批判は大きい。
 2009年の大統領選挙はエルサルバドルの民衆が選挙の場を利用してARENAの強権支配を拒否することができる可能性のある、大変大きなチャンスである。実に多くの識者が3月の選挙でのFMLNの勝利を予言している。多くの人々が希望を持って3月の選挙を注目する一方、他の評論家はARENAによる選挙での不正を指摘する。特に、FMLNが優勢であるサンタ・テクラ、ソヤパンゴ、ラスブエルタス等の地域でFMLNが政府資金を利用できないようにするため与党が調査結果を改ざんしているとの主張がある。2008年5月9日にはARENAの党首でありエルサルバドルの最高裁判事長であるウォルター・アルアホが、国際選挙監視団に対して新たな制約を設けることを宣言した。この新たな規制は、外国からの監視団がエルサルバドルでの政治活動に参加するのを防ぐためのものだとアルアホ氏は説明した。選挙プロセスに干渉した場合には、国外退去処分となる。
 “干渉”の定義の不明確さは、これら新しい規制の恣意的な適用を許すことになると批判されている。さらに、概してこのような動きは、ARENAが自益的でかつ違憲が疑われる法律の制定と施行により、選挙による自らの権力地盤を守る試みの前兆であることが憂慮されている。
 
 クリス・デーモンによる追記

 スチトトで14人の社会活動家が逮捕された翌年、エルサルバドルの社会運動は一致団結し、法律を覆して拘留者の無条件解放を達成したが、失ったものも大きかった。
 もともと14人だった逮捕者のうち13人が主要な男女別の刑務所で26日間を過ごしたが。刑務所は収容可能人数を大幅に超えていたため、ベッドで眠ることができない者もおり、風呂や飲料用の水を購入しなければならなかった。13人は2007年7月27日に釈放されたが、釈放の条件として国外へ渡航して自らに起きた出来事を語ることができない期間が設けられた。
 この期間は7ヶ月間延長された後、2008年2月8日に終了したが、政府はその時には秘密裏に“テロ活動”から“治安紊乱および加重損壊”の罪に訴状を変更していた。この変更を受け、特別に任命された護民官が担当するはずだった事件は一般の法廷裁判に移管された。公聴会が2月19日に開かれたが、検事局が出席せず、14人全員の被告人について証拠不十分により無罪放免にする判決が下された。検事局は控訴したが、控訴は棄却され、判決は4月4日に確定した。
 関係者の喜びもつかの間、5月2日の夜に元被告人の一人であるエクトル・アントニオ・ベンテュラ氏がスチトト市内にある故郷のビラ・ベルデ村で就寝中に殺害された。
 この殺人事件の容疑者は誰も捕まらず、メディアも警察もこの事件について同国を悩ませている凶悪なギャングの仕業であると説明した。
 しかし、ベンテュラ事件のような活動家の殺害は人権擁護団体の関心をひくことになった。5月12日に“法律運用研究基金(FESPAD)”が他の社会運動団体と共同で検事局にベンテュラ事件およびその他のギャング犯罪を隠れ蓑にした政治的暗殺の疑いのある14件の殺人事件についての捜査要請を正式に申し入れた。彼らは犯罪の中で政治的動機が背景にある可能性を犯罪の手口、被害者の特徴、加害者が得た刑事罰免責の水準などから判断する、“政治的動機を持つ違法武装集団捜査のための合同グループ”(1994年)を引用した。FESPADにより当初公表された15件のケースは、現在では19件に増えている。
 一方、今のところこれらの要請に対する公式な反応はなく、物議をかもしている「テロ対策法」は有効に存在している。

 ラウル・グティエレスによる追記

 エルサルバドルの市民社会にとって2007年7月2日にスチトトで起きた出来事のような事件の進展についての情報を得ることは重要である。というのは、その市民と政府の衝突は、75,000人の死者と8,000人の行方不明者を出した12年にわたる内戦後の社会にとっては特に、政治的安定と民主的共生に対する脅威を象徴するものだからだ。
 個人的な見地から独立系のメディアは倫理的な観点から、あまり声を上げることができない人たちからの詳細な情報と国の現実をエルサルバドルの人々に対して知らせるべきだと思う。
 5月2日に起きた、スチトトで抗議行動を行った活動家の1人であるエクトル・ベンテュラ氏の暗殺事件は、スチトトで逮捕された活動家たちにさらなる恐怖心を与えたと、当時ローマ・カトリック教会の人権団体である“法の守護者(Tutela Legal)”の職員で、現在はFESPADのメンバーであるダビッド・モラレス氏は語る。
 デモの最中に逮捕された14人は27日間“テロ活動”の容疑で刑務所に拘留された。
 逮捕者の一人で“エルサルバドル開発協会(CRIPDES)”の代表を務めるロレナ・マルチネス女史は、ベンテュラ氏はスチトト近郊の友人を訪ねている最中に、心臓を刺されたと報告した。ベンテュラ氏の友人も怪我を負ったが、現在は回復している。
 “私たちはあの事件は政治的な殺人だったと考えています。私たちはテロの嫌疑をかけられ、拘留中に人権を甚だしく侵害されました”とマルチネス女史は語る。このような犯罪がエルサルバドルの暴力の連鎖の一部だと思うかという問いには、“おそらくそうです”と答えた。
 14人の活動家に対する裁判は9ヶ月にもおよび、4月16日になってようやくすべての起訴が取り下げられた。
 “あれは非常につらい体験でした。平和の時代に何の罪もなく刑務所に入れられるとは想像もしていませんでした”とマルチネス女史は説明し、この集団拘留は“エルサルバドル政府による、社会不安定化要素を犯罪化する計画の一部です”と付け加えた。
 一方で、Inter Press Serviceによって公表された記事に対しては、何ら直接的反応はなかったようである。しかし、主要メディアによる報道は偏っており、ほとんどが今回の衝突についての政府側の見解しか伝えておらず、さらに、いくつかのメディアは抗議した市民、ジャーナリスト、無関係な地元住民に対する警察による暴挙を報道しなかった。3名の同僚の拘留についての報告書を執筆中に、CRIPDESの広報担当であるハイデ・チカス女史が拘束された事件はメディアでも取り上げられたが、直前に道路を封鎖しての抗議活動に関わっていたせいだと伝えられた。

 スチトトの出来事に関するさらに詳細な情報が必要であれば、下記に連絡を。

ロレナ・マルチネス、エルサルバドル開発協会会長;503-226-3717 http://cripdes.org
ダビッド・モラレス、スチトト事件元被告人;503-236-1888;davidmorales@fespad.org.sv